「ふう」冬号より つげ幻象抄出(no.38)

波音が声となりたる枇杷の夜栗山政子
投票所のぷかぷかの床晩夏光久松よしの
地の底は深し暗しと大旱深澤れんげ
梅干して日の温みごと壺のなか 前川 久
向日葵の熱の苦しき迷路かな東川あさみ
見えぬ日に照らされてゐる雲の峰村井丈美
パーゴラの薔薇へとがらす水道水両角鹿彦
母を送りて気がつけば秋の暮安田蒲公英
山奥のダム湖に響く蟬の声三津守祐美子
家中に風行き渡り更衣 安藤貴夫
子に内緒わが部屋からの遠花火山本洋子
凛凛と散る白薔薇の夜動く伊津野 均
父の日の万年筆のありどころ うかわまゆみ
誰もゐぬ海に誰かと夏の果 五十嵐妖介
蟬しぐれ今五重奏始まりぬ岩片えみ
八月やかなしき雲の増えてきて蔵田孝子
水落す我が子ふたりの故郷よ小林美喜子
湖を遠ざけてゐる真葛原海野良子
夕星や野をくる風に秋の音池田のりを
今飛ぶと思へば飛びて梅雨鴉塩見明子
火の玉の目の前過ぐる盂蘭盆会杉本かつゑ
逆光のなかむせかへるほどの薔薇小山鷹詩
空蟬は粉々となる近未来 酒井航太
自画像の眼孔無言秋黴雨栗山豊秋
緑蔭を愛でて始まる読書会柘植史子
近き昔遠き昔や夕月夜辻 紀子
髪編みて四万六千日の恋添田ひろみ
灯籠の影が地を這ふ水辺かな髙木胡桃
古着屋の窓辺に揺るるアロハシャツ春田こでまり
蜩やいつものやうに今日を終へ春田珊瑚
萱草の花咲く母の髪を切り徳永芽里
夏至夕べ神の島へと手漕ぎ舟中田千惠子