「ふう」冬号より つげ幻象抄出(no.34)

滝壺へ時間がどつと落ちてゆく栗山政子
大夕焼樹々は明日へ影伸ばす池田のりを
万緑を鎮め煉瓦の記念館蔵田孝子
天高し一歩前出てものを言ふ 小林美喜子
耳朶厚き羅漢の在す秋渇き海野良子
恋人とソファーを運ぶ夕月夜酒井航太
緑蔭に風の通り道の話塩見明子
みしみしと木の橋渡る金魚売杉本かつゑ
からつぽのプールからつぽの空さはやかに小山鷹詩
金風や庇へゆらぎ広ごりぬ 髙木胡桃
乗り合はせ残暑の声を交はしをり柘植史子
大広間に通されて見る朴の花辻 紀子
青蚊帳のひみつ金平糖かりり 添田ひろみ
影を零さず八月の黒揚羽 中田千惠子
青梅を家族総出で選びけり春田こでまり
白南風や島の牛乳ごくごくと春田珊瑚
引越の荷に埋れゐて明易し徳永芽里
紙コップの水の重たき酷暑かな久松よしの
爽やかやこゑ頼もしく棟上がる深澤れんげ
能登の子の掛け声高し夏祭前川 久
夕虹や何処へ行くにも坂の町東川あさみ
蟷螂は思春期のやう鎌を振り風木えれ
朝の蟬ふはと広がる溶き卵 村井丈美
ほうたるの息にみづの香みづの音両角鹿彦
夏風邪やマトリョーシカをばらばらに安田蒲公英
夕木槿こんな坂でも急な坂三津守祐美子
平らかな湖の切り取る夏の空安藤貴夫
かなかなやこの身は土の器なり山本洋子
父還り吾の今ある敗戦忌伊津野 均
滴りのりんりんりんと音降れりうかわまゆみ
照れ笑ひする白靴が白過ぎて五十嵐妖介
草刈れば心たひらになつてきし岩片えみ