「ふう」秋号より 栗山政子抄出(no.21)

梅の香や開かれてゆく記憶の戸中田千惠子
上着手に初めての路地春の宵春田こでまり
春昼を電車に揺られ最終章春田珊瑚
色鉛筆に知らぬ色の名山笑ふ東川あさみ
踊場に地下足袋揃へ三尺寝久木すいか
夏の雲バックネットに捕へられ久松よしの
春昼や「ライムライト」の中の恋広瀬信子
片栗の花は噂話が好き深澤れんげ
車庫に吊る家族の傘や初燕前川 久
雪柳散歩の犬の来るは来るは三津守祐美子
草むらの蛇と並んで歩いてゐた村井丈美
料峭や湯気に人立つ製餡所両角鹿彦
笹さわぐざわわざわわと沖縄忌安田蒲公英
冗談にむきになりけり竹の秋山本洋子
石段を数へつつ春満月へ五十嵐妖介
竹の皮脱ぐ何か起こりさうな日池田のりを
撒水車過ぎて力の抜ける街伊津野 均
端居して端居の人を押し出しぬ上田信隆
柿若葉雨つぶ一つのせてをりうかわまゆみ
薪積む夏嶺間近き軒下に海野良子
暮れ残る光を摑む花辛夷大石 修
薫風やブローチの鳥羽広げ蔵田孝子
沢水や老鶯の谷行き止まり小林美喜子
黒南風や喪服は坂の上へ消え小山鷹詩
青嵐皆が黙つてゐる時間酒井航太
桜見てゐるときどこかうはの空塩見明子
春の宵ゆつたり過ごす三姉妹杉本かつゑ
悲しみはあつけらかんと麦の秋添田ひろみ
くれなゐの額紫陽花を咲かす門髙木胡桃
火星より地球が大事落し文田中まり
富士の雪解や磯の香を顔面につげ幻象
夕焼に震へてゐたる夕日かな柘植史子
折鶴や語部は汗ふきもせず辻 紀子
薔薇垣の家より雨のあがりたる徳永芽里